WRITING:密着記事 /だいごみストーリー2

OVERVIEW

食と人と、そこにあるものがたり。

YEAR 2017

WRITING THEME

密着記事から、食にまつわる情景を描き出す。

scene2

ラーメン屋台のある景色。

オフィス街にぽつりとたたずむ1軒のラーメン屋台。

ここは、74歳のおじいちゃんがひとりで営む店。

心がほっこり温まるようなラーメンと時間を、

お店に来た人たちへ提供している。

OL、サラリーマン、学生……、いろいろな人たちが

入れ替わりやってきては、1杯のラーメンをすすり帰路につく。

たった数分間、ラーメン屋台で繰り広げられている、

どこか懐かしく風情のある、軒下のストーリー。


屋台の景色と大将の人柄。

「パララ~ララ」。夕暮れ時になれば、甲高い音を響かせるチャルメラの音が、かつては街中で聞くことができた。その音の元をたどれば、ゆっくりラーメン屋台を引く大将の姿があった。そして、使い込まれた小ぶりな屋台の後ろには赤提灯がゆらゆら揺れ、なかからは白い煙がモクモクと上っていた。

 風情があって、どこか懐かしい、この景色を目にする機会が、最近はめっきり減った。そもそも、ここ20年くらいで屋台の数は激減、ひと昔前まで、都内なら新橋や銀座には多くの屋台が乱立していたが、いまとなっては1、2軒程度。もちろん、諸事情があってのことだが、その事実に対してどこか寂しい気持ちも起こってくる。

 オフィス街の一角、虎ノ門駅界隈で屋台をひらく「幸っちゃん」。大将である山下さんの娘の名前が由来のこのお店は、近くで働く会社員たちが家路につく午後8時30分ごろにオープンする。「いらっしゃい」、「おつかれさま」と、目の前を通り過ぎる人たちに山下さんは声をかける。ときには「大将、久しぶりー」などと、常連客の方から声をかけられることもある。彼らは挨拶程度に会話を交わすだけで、必ずここで一杯食べて帰るわけではない。「寒くなったね」とか、「週末、日本シリーズを観に行くんだよ」とか、そんな他愛もない言葉のやり取りをするくらい。でも、それが温かく気持ちよく、「幸っちゃん」とこの街の関係性を表しているようだった。「お客さんの方から声をかけてくれると、やっぱり嬉しいよね。少し、からかいの意味もあるんだろうけど……(笑)。会社の転勤や移転で来られなくなった人が、数ヶ月ぶりに顔を出してくれることもあって、ずっとココを覚えてくれているのは、すごくありがたいこと」と山下さんは言う。お店に流れているゆったりとした温かい時間、そこに安らぎを感じ、足繁く通う人がいる。また常連客にとっては、山下さんの人柄もすごく心地がいいのかもしれない。

「鶏ガラと人柄、スープには両方入っているよ(笑)」と山下さん。


人と触れ合い、街に溶け込む。

 「幸っちゃん」には、幅広い人たちがやって来る。仕事の合間に小腹を満たす50~60代の男性、飲み会後にふらっと立ち寄る20~30代の団体客、初めての屋台に目をきらつかせ興奮気味に出来上がりを待つ青年たちなど。みんなここで一杯のラーメンを啜り、「おいしい」とほっこりとした気分になる。なかには、ビールや日本酒を片手に、少し談笑をして帰る人もいた。お客さんとは仕事やプライベートの話、ときには色恋ネタやグチ話に花を咲かせることもある。「いろいろなお客さんとコミュニケーションを取るのが、好きなんだよ。こんな楽しい商売はほかにはないんじゃないか、っていうくらいこの仕事が好きだね」

 屋台主の高齢化が進み、屋台の数は減少傾向にある。また、諸説あるが、東京五輪に向けた規制で、都内の屋台はすべて廃業する可能性もあると言われている。

 そこで、「幸っちゃん」はいつまで営業を続ける予定なのか、山下さんに聞いてみた。「年齢のことを考えると、とりあえず東京五輪までは続けられたらいいよね。少し前に膝を悪くして、一時は辞めようと思ったんだけど、常連さんの声が励みになったし、まだ続けたいと考えているよ」と笑顔で答えた山下さん。屋台の軒下で温かい笑顔でお客さんを迎え、ざっくばらんに話す。こんなふうに、気張らず、自然体で生きているおじいちゃんの後ろ姿は、どこかかっこよかった。



INTERVIEW

優しくないと、東京ラーメンじゃない。

 あっさりしていて、コクがある。

 これが、「幸っちゃん」が提供するラーメンの特徴だ。屋台の後ろ面に書かれている「脂肪少なめ」の文字通りあっさり系で、鶏ガラを使ったスープには濃厚な味わいがある。お酒を呑んだ後や小腹が空いたときなどに、ずるずるっと一気に食べ切れるラーメンだ。

 この味は山下さんが屋台をオープンする約40年以上前に、浅草で営業していた先輩から譲り受けた。「いままで食べたラーメンのなかで、その先輩が作るものが一番おいしいと感じたんだ。オープンしてから40年以上経つけど、味は全く変えていないね。先輩と同じ味を出すのにずいぶん苦労したけど、最近はその求めていた味に、おれも大分近づいたんじゃないかな」と山下さん。

 そして、「優しい味じゃないと、東京ラーメンじゃない!」と山下さんは力強く言う。男性も女性も、飲み会後や帰宅前に、ふらっと立ち寄って食べたくなる「幸っちゃん」のラーメンは、心と体にしっかり沁みてくる優しい味に仕上がっている。

【担当業務】

・取材

・原稿作成