大人になって初めて着たドレスは少し大きく感じた。
シックな青いデザインも、サイズも。袖を通した時はそんなことはなかったのに。
鏡に映った私が少しだけ首を傾げている。
「知瑛、ドレスはどう?」
スマホのスピーカー越しに姉の実加の声が聞こえた。
「うん、大丈夫」
レンタルした時に届いたメールを確認しても、やはりサイズは間違ってない。
「そう。なら準備万端だね」
メッセージアプリに戻ると実加のプロフィール画面に目がいった。
旦那さんの「ヒロさん」とウェディングドレスを選ぶ彼女は幸せそうに笑っている。
実加から「ヒロさん」を母と一緒に紹介されたのは2年前。大学に入ると同時に実家を出ていった彼女が帰ってきたのはあまりにも唐突だった。
小さい頃と同じはしゃいだ声が玄関から聞こえた時のことは、今でも鮮明に記憶を彩っている。その時に出迎えたのが親ではなく、私だったのも。ドアを開けた先で姉の隣に立っていた知らない男性も。
3つしか変わらない姉が“大人”で、“妻”になった瞬間を、私は目撃してしまったのだ。
あの時の衝撃はまだ記憶に新しい。ずっと、頭の奥に染み付いている。消しても消しても残り続けている染み。
今もそうだ。鏡を見ても、映っている女性はまぎれもなく女子だった。
「招待状に書いてある時間、絶対に忘れないでね」
(姉のコンプレックスが入るセリフを。↓どれだけ~のくだりと相反する文を入れる。)
通話が切れると同時にスマホを机の上に置き、ドレスを脱ぐ。
きっと。
どれだけ高いヒールを履いても、私が姉に届くことはないだろう。
引き出物で貰ったグラスがキッチンに馴染むとは正直思えなかった。畳も襖も和風なこの家には、洋風なもの一つ置くだけでも浮いてしまう。とは言え、埃を積もらせてしまうのもまた違う。姉の察した表情も見たくはない。
そう、せっかくのもらい物なんだから。
知瑛は仕方なく麦茶を注いだ。
昨日の姉の結婚式は無事に終わった。披露宴に参加した誰もが、にこにこしながら拍手を送るあの姿が。私とは全く別の生き物に見えた。
行き場のない黒い感情がのたうち回ったところで、私はそれを外に出す方法を知らない。口に含んで、無理やり飲み込み、せっせと消化しようとしても……。こうして私の頭の中にまた戻ってくる。
あの人たちと同じように私は笑っていられたのか。私の拍手はちゃんと姉に届いたのか。
麦茶を飲み干しても、一緒に流れることはなかった。